「リバーズ・エンド4 over the distance」を読みながら。



例によって、先を見ずに予想を語ったり、気になるところにコメントを順々に入れていったりという作業で継続していきます。

BGM:WANDS「Same Side」
WANDS史上「Secret Night〜It's my treat〜」と並ぶ(いや、それ以上か)絶望的な曲です。
メロのデリケートなアコースティックギターとサビの破滅的なロックの対比に驚かされます。
上杉昇のボーカルにも恐ろしいほどの二面性を見つけることができます。
メロとサビで別人のようです。

とりあえず表紙から。
なんか……七海だというのはわかるのですが。
死んでます(汗)
瞳孔が開いているように見えるのは気のせいでしょうか。

……BGMを早速変更してみました(笑)
なんか暗すぎるので。
WANDS「世界が終るまでは……」
「もっと強く抱きしめたなら」「時の扉」と並ぶ、WANDS第二期の傑作です。
織田哲郎作曲の普遍性の高い音楽と、上杉昇の鋭いライティングセンスが光る名作。
高音の伸びが特にすばらしいです。

表紙裏(?)の文章を見ていると……
これは、今まで彼らが経験した「痛み」にも関わるとは思うのですが、
茂と弥生の「思い」が出てきます。
私の直感では、少なくとも三巻時には弥生は……拓己のことを思っていたような気がします。
でも、ドラマによくあるパターンではありますが、一つの事象によって、その気持ちは大きく転換することが多々あります。
おそらく気持ちがTAKへ傾くでしょう。
ドラクエVを思い浮かべていただければよろしいでしょうか(笑)
茂に関しては未知数ですが、……遙かな?
七海は大方……拓己なのでしょうが、2%くらいの確率で直人。
いや、そりゃないか(汗)

そして「痛み」に関しての話を続けましょう。
七海は両親の過度の期待、直人は窮乏からの家族崩壊、遙は「無」からの出生、
弥生は両親の親権放棄、茂は「死」……と考えていくと、
まだ孝弘の「痛み」は判明していません。
その上に、現実世界にあるいわゆる「社会問題」というものに当てはめていけば、
部落差別と同性愛差別が残っているような気がします。
別に社会問題と絡ませる必要はかけらもないのですが(笑)
とりあえず参考までに。
多分まったく関係ないでしょうから(笑)

唯のイラストもありますね。
7〜8頭身です(謎)
タイトルつけるなら「散りゆく日々」ってところでしょうか。

その裏にはキャラとギリシャ数字が。
これの対応は一つを除いてはたいていの人が正解していることでしょう。
ところが、拓己が「3」なんですね。
唯が「1」だという推測をつけるとすれば、
唯、直人、拓己、弥生、TAK、豊(死亡)、七海、茂、(空白)、遙……ですか。
どうしてこの順番なのでしょう。
隣り合う人間の関係を考えると……
深い関係なのが、1と3、4と7、2と8、1と10、4と5……
どうもつながりが見えませんね。

副題の「over the distance」を考えてみましょう。
直訳で「距離を越えて」、「distance」は形容詞「distant」(遠い)の名詞形、「距離」となります。
同じように「over the」を使っているものとして、globeの「over the rainbow」が上げられますか。
遠いけど「over」だけ見れば「over and over」(Every Little Thing)、
「distance」から考えると宇多田ヒカルのアルバム「distance」。
THE ALFEEの「星空のディスタンス」(うろ覚え)もありますから(笑)
松本さんのソロにも「Long Distance Call」なんてありますね。
この距離というのは、物理的な距離なのか、精神的な距離なのか……
すぐに思いつくのは、「実験」の舞台の「現実との」「物理的な」距離、
唯と拓己の「物理的な」距離(の遠さ)と「精神的な」距離(の近さ)……
ってところでしょうか。

さて、ようやく本題に入れます(遅)

やはり、拓己の「現実感」は希薄なようです。人生を「浮遊して生きている」というような。
まさに「無色」ですかね。
弥生の涙には、間違いなく意味があります。
そりゃ意味のない涙は、ここでは必要ないのですが。
忘れてはいけないのは「守ってくれた」ということなんですね。
自分のために。
この事実によって心は揺れ動かされることでしょう。
直人は、……諦めと悲しみが入り混じってるのでしょうか。
現実的に考えればここでオタオタしていても、孝弘になんら変化を与えることはないのです。
ただひたすらに「今」を受け止めるしかないようで。
茂は、そこまではできなさそうですね。
ひょっとしたらここで何か言葉をかけられるのかもしれないけれども、
そのかける言葉が見当たらないようです。

この「世界が終るまでは……」という曲の一番最後に、
「このtragedy night」という一節があります。
「tragedy」とは、「悲劇」という意味を持っています。

学校の沈黙って、確かにありますよね。
たとえばテストか何かで、教室が静まり返って……
まるで永遠に時間が流れないのではないかと思う瞬間があったり。
もちろんそれは、立地条件にも左右されますが。
特に故意にそうする理由もないのでしょうが、結果的に響く構造になったのでしょう。

負の感情というのは、いわゆる「ダークサイド」に属するものです。
ダークサイドは恐ろしいまでの破壊をもたらしますが、ダークサイドによって生まれるものは
結局無機質で、人間の暮らせる世界ではないようなのです。
ダークサイドからは何も生まれないのです。
しかし当然ながらダークサイドから脱却するのは非常に難しく、
全ての感情を消し去れるような幸せもそう簡単に生まれません。
たとえば大好きな人が声をかけてくれたり、何か「本当に幸せなこと」が起こらない限りは
その暗闇は一日中晴れません。
眠ることである程度収まる場合もありますが、続くときは本当に続きます。
自分を見つめなおす余裕が与えられないままだと、悪循環に陥っていきます。

学校で過ごせば分かるのですが、一人のつぶやきであったり、一人の涙であれば、
まず間違いなく誰も気にもとめません。
一人が死にそうな痛みに耐えている中で、他の人たちは好き勝手にはしゃいでいたりするのです。
保健室の静寂と教室の喧騒の対比をご覧になればお分かりなように。
そして、集団が同じ感情に襲われたとき、沈黙が誕生します。
テストを解かなきゃいけないという観念、先生に叱られて反抗できないという状態、
感情の一致が、感情の増大だけではなく沈黙を生み出すのは不思議な話ですが。

何処だったか、こんな話があるんです。
出産か何かの時、夫が立ち会って。
「痛いと思ったら、僕の指(だったはず)を噛んでくれ」っていう。
それで、子供が生まれたときには……
夫の指は血だらけだった、と。
「痛みを共有する」ことによって、それは「幸せを共有する」ことへとつながります。
痛みを理解すれば、その人間の本質をも理解することができます。
前、弥生は「痛みを理解できる」人だと書きましたが、
その弥生の痛みを、拓己は「理解しようとしている」のです。

「唯と同じ状態」……
それは、「そこにいるようでいない」と同時に「触れ合えないと同時に通じ合っている」、
悲しくもありながら同時に「相手の真の重要性を理解する」代償だともいえます。
「日常」を忘れ行く拓己であっても、唯はまだ「日常」をつなぎとめています。

「わからない」というのは、無責任でありながらも「わからない」こと自体が事実でもあります。
数学の問題を解いて「わからない」。答えがあっても、そこまでたどり着けない。
……それを「わからない」と言っても通用しないこの世界なのですが。

でも、柚木さんは何者なんですか(汗)
ムルアカじゃないんですから(爆)
まぁこういうことは「想定されていた」んでしょうね。
だからこそ彼女がここにいられるといってもいいでしょう。
そこまでに計算し尽くされた世界が、この「スクール」です。

今度こそBGM「Same Side」。
しかし、痛いです。

「見つけたもの」の副題が「miss you」。
簡単に言えば「淋しいよ」とかになるのですが。
正確には「あなたがいなくて淋しく思う」です。
……何を見つけたのか?
それはたとえば「love」であったり「hope」であったり、
はたまた「Brotherhood(兄弟関係に近い友情)」かもしれません。
帰る場所を持たないみんなの場合は「HOME」ですかね。

始まりは七海視点からなのですね。
この「スクール」の状態は、いわゆる「寮生活」です。
その間家族のことは忘れないでしょうが、「同僚」、
ルームメイトとの親密さは通常の生活よりも高まります。
七海の場合、「家族」というものの価値が薄れてきているのでしょうから
さらにそれを深く感じられるのでしょう。

七海視点で見ると、「無色」であった拓己は実は「強さ」を持っているのでないかという気になります。
「痛みに押しつぶされない」という。
それが「強さ」なのか、無気力無感動無関心、モラトリアム世代の象徴なのか(爆)

ただ、七海の感情は(「知り合い」→)「友達」→「親友」という進展を見せつつあります。
そして「親友」だという「Brotherhood」は、実は「淡い恋」という「love」の面もあります。
差は紙一重です。
「男女の友情」が「love」か「brotherhood」かは、正直判別しにくいところでありまして。
一般的には男は「love」を意識してしまうけれども、女は「brotherhood」を中心に考える傾向があるっぽいですけどね。
もちろん逆もあります。
このケースでは、逆でしょう。
七海の方が、ちょっとだけ「惹かれつつある自分」を自覚し始めています。
しかし拓己の心は、唯でいっぱいです。
何せ、TAKの状態の形容が「唯と同じ状態」なのですから。
問い掛ける相手が「自分」ではなくて「唯」であることからも、それが伺えます。
拓己には、七海を「友達」としてしか見ることができないのです。
その二人のズレが、どこかではじけた瞬間……
たまっていた感情のプールは決壊します。

拓己の優しさという「無意識」が、ひょっとしたら七海の心をヤスリのように徐々に削ってゆくのかもしれません。
ヤスリには「磨く」という面と同時に「削る」という面もあります。
磨かれてきた「優しさへの好感」は、ある一点を過ぎると削られてしまうのです。

弥生の心情は「真っ白」なのです。
今自分は何をしているのか、どうして自分がここにいるのか、
……孝弘がどうしてここにいないのかすら、わからないのかもしれません。
でも、きっと弥生だから感じているのでしょう。
痛いほどの孝弘の思いを。
「自分が孝弘だったら」と、考えているのかもしれません。
それに答えられるのかは今はまだ、闇の中なのですけれども。

「ER」というアメリカのドラマがありますね。
毎日、数分単位で運ばれてくる患者をさばく中での人間関係だったりを、
リアリティ溢れる視点で抉り出しているドラマなのですが。
私がすごく覚えているのが、「目が飛び出てしまった患者」のシーンなんです。
高田純次じゃないですよ(笑)
眼球を押したか何かして、戻したんですけど……
かなりグロいんですね(汗)
人間とはそんなにきれいじゃなくて、キムタクも藤原紀香も松村もカストロ議長も(笑)
皆グロいものを抱えて生きているわけです。
リアリティを抱えて生きることはとっても難しくて、ついついリアリティの遠くのギリシャの世界を見てしまいそうになるのですが、
結局のところヒポクラテスがいないとアルケーとかを考える余裕もなかったりします。
「孝弘」という心をもつ人間であっても、臓器は「弥生」という心、「七海」という心、「拓己」という心に付属しているものと同じような色をしています。
真っ赤で、怖いくらいに、そして悲しいほど無心に、必死に動いているのです。

先日、好きだった人に告白して、フラれて……復讐の殺人を犯したという事件がありましたね。
加害者の日記が公開されていて、それから心情の変化を読み取れるのですが。
それによれば、フラれたときは「声をかけてくれたのはうれしかった。でも……フラれた」という日記だったんです。
ですが、いつのまにか「殺害計画」とか「復讐」とか、リアリティに溢れすぎている言葉が日記を満たすようになったのです。
孝弘の「好きでいられるだけでいい」という言葉には、「フラれた」悲しみよりも、「告白する前の『日々の歓び』を味わえるだけでいい」という……譲歩のように思えながらも実は譲歩でもなんでもなく、「恋心の宣言」をできたことに対する歓びが見て取れます。
弥生にはそれを否定する理由は何一つないし、否定したくもなかったのです。

「朴訥」という言葉で「冒頓単于」を思い出してしまうMayですが(笑)、「飾らない」から輝く感情が、TAKには存在しているのですね。
歯が浮くような言葉であっても、その裏の感情に一転の曇りもないのであれば、不思議と信じられるのです。
そしてその結果が「絆」です。
B'zの「ミエナイチカラ〜INVISIBLE ONE〜」という曲では、
「"IT'S OK BABY" 怖くないよ 誰かを愛して生きること」という歌詞があります。
TAKにも、それと同じ気持ちが働いています。

「恋人よりも大切な存在」というのが……難しいとは思うのですが、
確かに存在しているのでしょう。
恋人は、心と体を重ねあううちに生じてくる「欲望」と「慣れ」が本来の恋の形を変貌させていくという宿命の下にあります。
しかし変わらない「ミエナイチカラ」は、まさに「ユルギナイチカラ」であって、歪みも寄りかかりもしない、双方が自立した「絆」として現れます。
一番安定していて、かつ一番鈍い輝きを示しているものが、絆です。

「誰とも分かち合えない痛み抱いて眠れ」……
これはB'z「Raging River」の一節ですが、
弥生の痛みは多分分かちあえません。
知ることができても、触れることはできないでしょう。
当然癒せなどしません。
そして「Wash away」など、できっこないのです。

羨望とは、人間が持ってきた向上心の一つといえます。
あの人のようになりたい……という。
羨望は憎しみの突然変異なのかもしれませんが、「欲しい」という感情自体には
何一つ罪はありません。
七海が感じる情けなさは人間が感じるものではありますが、
羨望を持つのは人間であるのだから、しかたがないのでしょう。
「はじめて自分の気持ちに気がついた」ことによって、恋は発展していくのですが。
……「リヴァイアス」のあおいに似ているのかもしれません。
このパターンは。

BGM:WANDS「明日もし君が壊れても」
第三期WANDSの名曲です。あまりにも純情な愛を描いた
美しさ溢れるメロディーに注目。
上杉昇の荒々しさとは違う、彼にとっての「実質的なデビューアルバム」で見せた
和久二郎の純真なボーカルは新鮮です。

大切な人がとってもつらい目にあっているとき、自分の無力さを感じることがあります。
間違いなく拓己はクツシタのときにそれを理解しているし、唯の時にはそれを「あるがままにとらえる」ことができました。
そしてまた孝弘にも、それを感じています。
間違いなく直人も茂も七海も遙も、……特に弥生は深く感じていることでしょう。
「生きることがそんなに大切か」と問われれば、今のところの答えは、
「生きる間に為せることがある限りは大切だ」と答えるしかありません。
拓己は、唯の「生きている間に為せること」よりも「生きている間に感じる苦しみ」が思いと感じたからこそ、「ずっと眠ったままでいい」と思ったのです。

七海と拓己……二巻の、リスカの時と逆の状態を迎えていますね。
いつのまにか「癒される」側だった拓己が、「癒す」側への変化を見せています。

今さら思ったんですが、あのコクーンとあの世界……「スターゲイト」を思い出しました。

拓己と七海は、TAKと弥生という主観からそれぞれ、一つの出来事の流れを見ています。
それはTAKと弥生の日々を、それぞれ二人が代弁したような感じです。
この対応からすると、拓己と七海には「絆」があるように思えますね。
読む側からはもうすでにTAKと弥生の関係は理解できているのですが、
それをもう一度拓己と七海に振り向けることによって輝きを強調させています。

七海のセリフが、明らかに普段と違っているのがわかりますね。
「検査」の後のカラ元気でもなく、リスカの時の無表情な気持ちとも違うし、
……「夏の魔法」と「世界の変貌」の影響をもろに受けているようです。

真面目で不器用な関係だからこそ、崩れ落ちることもなく「keep on being」、
そこにありつづける「絆」だったんですね。
あの二人だから築けた二人の「絆」なのです。

……「ラブジェネレーション」っていうドラマ、ご存知ですか?
大瀧詠一の「幸せな結末」という曲をヒットさせた、キムタクと松たか子主演のドラマなのですが。
あのような、……純真さとすれ違いが入り混じった二人ですよね。
拓己は、無益で無意識の「優しさ」で接したのですが、その「無意識」は必ずしも「求めているもの」とは一致しないことが多いのです。
たいてい、誰もが主観から逃れられませんから。
七海は、「求めていた優しい言葉」とは違う「無意識の優しい言葉」をかけられたことが……ショックといいますと語弊が生じますが、「そこにいられなかった」んでしょうね。
人はすれ違います。逆に言えば、すれ違わなければ発展は望めません。

人は他人のことを考えるとき、そんなにポジティブシンキングはできません。相手の思考を見ることはできませんから、どこまでも主観で考えることしかできません。
そして自分が「やってしまった」と思ったことの影響を考えていくうちに、どんどん血の気が冷めていくような気分になります。
七海が今抱えている「もちろん」すら崩壊してしまうような……疑いを感じてしまうのです。
私もそんなことは、何度も経験いたしました。
たとえば韓国人のメールフレンドがいる人に韓国人嫌いを露呈させてしまったり(汗)
ある時は、メールが一週間ずっと返ってこなかったこともありました。
その原因は「メールが届いてなかった」という単純な理由でしたが、あの時は「何で嫌われたんだろう」と真剣にずっと悩んでいたものです。

誰がヘコもうと、誰が苦しもうと、現実はやってきます。
夢は必ず覚めるし、覚めない夢は現実の肉体の放棄、つまり死を意味します。
そして「死にたくない」という本能はどこかで獣のように動いているので、
本能を押しつぶす事象がない限り死ねないのです。

弥生も、ある意味では悟ったのかもしれませんね。
唯を失った拓己のように。
しかしその「悟った」には、諦めという意味が含まれているのではなく、
「戻ってくるまでの現実を過ごす」という決意という意味が含まれているはずです。
弥生はおそらく、「If I were Takahiro」の自問を解いたのでしょう。
孝弘がいないという事実を抱えながらも、生きていかなければいけないという事実もまた彼女は抱えています。

普通の人間であれば、声をかけることはできないのかも知れません。
たとえば通学のバスの中で、教科書を落とした人がいて。
その人に声をかけられるのか?というのと基本的には同じものです。
「この人ではないかもしれない」という思いを持ちながらも、「とりあえず」たずねてみる。
この「とりあえず」までいかない人が多いんですけど。
拓己は「とりあえず」ではないけれども、声をかけることができました。
それだけでもすごいことなんです。
たとえその言葉が、……ありふれた単語であったり、はたまた沈黙だったとしても、
弥生は弥生です。
……分かってくれるのですよ。
ホームステイ先で相手に自分の思いを理解させるために、言葉は存在するのですが
実は日本語であっても、伝えたい感情は伝わります。
犬が芸をするときに、主人の「言葉」ではなく「顔つき、態度、声の高低」で思いを判断するのと同様に、弥生は言葉ではなく「本質」を感じられる娘なのです。

しかし、日常も破られます。
……日常と非日常の境目が取り払われた瞬間でしょうか。
スクールも時間の流れも日常で、非日常は「孝弘」と「伊地知」の二つ。
日常と非日常の混在の中で、彼らが翻弄されるのは目に見えてますが。

直人は、……豊の時と同様に、SIFMAによって与えられた誰かの「痛み」に敏感に反応するようです。
彼はただ粗暴というわけではなくて、ただ感情が行動へと直結しているだけなようです。
犬夜叉みたいです。

子供には、親を選ぶ権利はありません。
それに対して親には、子供を作る権利があります。
これは儒教の話になってくるのですが、親は飢えて飢えて仕方がないときには、子供の肉を食べてもいいのです。
いや、これは儒教の本当の教えなんですよ。
「生きる権利」があるのならば「死ぬ権利」もあってしかるべきではないのかという意見のもと、
安楽死・尊厳死の法制化が問題となっています。
死ぬ権利の行使が自殺ですが。
……でも、人間は意外と死なないものです。
高層ビルから落ちてもかすり傷一つ負わなかったという子供もいます。(木に落ちたのですが)
まぁ、ポケモンの真似をして落ちて死んだ子供もトルコにいたかと思いますが。

っていうか、何だかSIFMAは「自殺」の対策もしている気がしますけどね。
だって精神崩壊の果ては自殺だというのは、限りなく常識ですから。

あと、「死ぬこと」をあっさりと認められると案外できないんですね。
それは、親にダダこねて「好きにしろ」といわれるとできないのと同じように。
……まぁ、私は好き放題やらせて戴いていますが(笑)
「好きにしろ」という感情に任せた言葉によって、その時点で、その事象に関する監督権を放棄したとも捉えられますから。
まぁ、伊地知さんはこのとき計算ずくで放棄したのですが。
直人に迫り来る「死への恐怖」に勝てるまでの決意があればいいのですが、
それがありますかね。
多分ないと踏んで、こうしたのかもしれません。
あるとしても、死なないことは承知したかもしれません。

……感情の爆発が激しいのは、拓己への二巻の態度からも理解できるのですが、
どうも「反抗心」も手伝って本当に飛び降りようとしていたようですね。
しかし、伊地知が去ったのは……
おそらく本当に「何かを行う」のではなくて、その一つの与えられた物事に対しての
拓己たちの動きを見るという目的が達成されたからなのでしょう。
実験を再開してもいいのか、という確認とか。

第二話のタイトルが「密会」、
…副題の「secret garden」ですが、直訳で「秘密の庭」。
コレは簡単ですね。
「secret garden」と聞けば、大野愛果のセルフカバーアルバムのタイトルですね(笑)
ちなみに「secret」と近い単語は「sacred」、もしも置き換えれば
「神聖な庭」です。
あ、「secret garden」は、遙のバラの庭だと思いますよ。

BGM:WANDS「Secret Night〜It's My Treat〜」
またWANDSです(笑)
ハードなサウンドの、かすかにメタリックなロックですね。
これまた絶望的な曲ではありますが、どちらかといえば絶望的というよりは
自暴自棄みたいな曲です。

……始まりから、いきなり恋愛してますね。
「直人にも」の文脈から、主体が茂であることはまず推察できます。
そして、消去法で考えても(「真面目で〜」で七海は違う、「両思い」の上に彼女の揺れ動く気持ちから弥生は違う)……遙であるのは間違いないです。
予想が合ってましたね(汗)
しかし、遙からの思いであるというのがなんとも不思議です。
遙が欲しがっていたのは肉親の情……とどのつまり、誰かの存在です。
もう一つ茂のことを好きな動機を見つけられればその理由も分かるでしょうが。
何かの意図があるんじゃないかと疑ってしまう今日この頃です(汗)

ってぇ!
……弥生なんだ。

どうやら茂のあの視線は、……そのまま意味を受け取ればよかったようです。
深読みしすぎました(汗)
こういうのをメモっておかないとあとで「それ見たことか」が言えないんですよね……。

ただ、TAKとの関係から考えると弥生がどう動くかが、まだわかりません。
孝弘の思いに答えたいのが一つ、茂を悲しませたくないのが一つです。
その二つの相反する思いを天秤にかけると、どうなるのでしょうか。

たまたまなんですが、今のBGM「Secret Night〜It's My Treat〜」の歌詞の中に、
「Secret Night だけど今だけは/仮初めの夢を見ようよ」という一節があります。
なんかすっごく意味深なんですけど(笑)

弥生は、「思いを理解する」人であるけれども、「思いを向ける」ことは苦手なのかもしれません。
いわゆる「内気」というのは、他人に対して積極的か消極的かで判断するのではなくて、
「他人に直接的に働きかける」能力によって判断されるべきでしょう。
弥生はきっと内気で、「思いを受け止める」のは決して消極的ではないのですが、
「一歩踏み出す」ことができないのでよう。
踏み込まれたのなら、相手に近づくことはできるのでしょうけど。

茂の、「弥生が自分のことを好きだ」という確信は、ひょっとしたら微妙なのかもしれません。
カエサルの名言ですが、「人は、自分が見たいと思っているものしか見ないものだ」というモノがあります。
しかし確信への疑いをもっていては、実は何も発展しません。
確信への疑いは、即ち自分への疑いであって、それはまた相手への疑いに発展します。
恥じらいの心が疑いをもたらすのは悲しい事実です。
でも、弥生の視線は確からしいですね。
……「気になる」と、「『自分を見ているという事実』を見たい」からそう思うだけかもしれませんけど。

実は茂も孝弘も、弥生にとっての関係は「Secret」なんですね。
孝弘との「Secret Morning」は「絆」であるのに対して、
茂との「Secret Night」は……何なのでしょう。

松本さんのソロアルバム「KNOCKIN' "T" AROUND」の中の「Nothing' But The Blues」では、
「She's gone これでよかったんだよ/I'm alone 悲しいけど」なんて一節があります。
思いやりは、いつのまにか「自分の下に置いておきたい」という気持ちから
「あの人に幸せになってもらいたい」という一点に重点を移す場合があります。
これがいわゆる「selfless love」(from Steve Vai)です。

……茂という客観的な証言が表しているように、実は孝弘は拓己(or唯)と同じ行動を示したのです。
それは孝弘の弥生への思いは、唯の(もしくは拓己の)拓己へ(もしくは唯へ)の思いと同等であるということです。
茂は、ここでは唯と拓己との関係でいう七海の位置、つまり孝弘と弥生の関係の中間もしくは延長線上の位置に存在しているのです。

茂は、どうも「自分に罪を着せがち」ですね。
確かに実際に悪いのは茂かもしれませんが、明雄の時もそうでした。
そうして自分を痛めつけて……何が解決するのでしょうか。
茂を見ていると……どうにも祐太郎を思い出さないではいられないのですが。
よく考えれば「オレのせいだ……」ってどこかで聞いたことがあると思いきや。

弥生の「優しさ」に、いろいろな人が助けられてきたんですね。
きっと拓己もそうだろうし、TAKも、そして茂も。

あの看護婦だけは、「何にも染まっていない」ように思えながらも、
演出的には冷酷な面がないといけないんですけどね(邪)
でも、どうも今のところは優しそうです。
……柚木さんの許可があったというところから、何か理由がないともいえないのですが。

唯の存在は、「そこにいない」ように遠くにあったとしても、「そこにいる」という事実はあるという……
陽炎のようですね。
そして、「百年経ってその膝で眠りたい」(B'z「farewell song」)ような優しさと温もりを持った、
慈愛の象徴。
「唯がいないとダメなんだ」というのは間違いなく本心であって、それは
「君がいるだけでよかった それだけでよかった」(B'z「SIGNAL」)という、
……「すがりつつも前に向く」という状態なんでしょうね。

実際に、意識不明とか呼吸停止とか、そういう状態でも呼びかけに答えたという事例は存在しています。
だから、決して唯の「奇跡」はフィクションとか勘違いとかとは言えないのですが。

……普通にTAKがいるのですが(笑)
あまりにも普通すぎますね(苦笑)

ただ「すっげー気分いい」のは……何かありそうですね(疑)
っていうか「何にも覚えてない」って……
ベルセルクギャングですか(汗)

そして弥生。
ムチャクチャ心配していたはずです。
心は揺らぎ続けていたはずです。

直人と七海の関係って、結構謎が深いですよね。
かかわりは、二巻の描写からまあまあ深いように思われるのですが。
……妹の話でしたか。
いつのまにか私は直人の妹が身売りされたのかと思っていたのですが(汗)
そうじゃなかったんですね。

一瞬世界が暗闇に包まれた後の「安らぎ」って、相当大きいんですよね。
まるでそれが永遠に続くかのような、大きな喜びに満ちて日々を過ごせるのです。
もっとも、それが永遠に続くことはないのは大体承知の上でしょうが。

……立方体って、実は「拓己たちの裏の面」なのでしょうかね。
普段はしまいこんでいる、自分の感情とか。
だとしたら、孝弘が「感じた」のは、ドラクエ6のようなものでしょうか。
「幻の大地」と現実世界、両方に存在している「自分」の融合っていうか。

「ニンテンドーオールスター 大乱闘スマッシュブラザーズ」っていうゲームがあるんですが、
途中のステージでプレイヤーキャラと同じ特性をもったキャラが出てくるステージがあるんですね。
そのキャラはやたらポリゴンしていて、やたらメタリックしてるんですよ。
あんな感じを思い浮かべてみました。

なんとも対照的だと思いませんか?
二巻中盤〜後半で「死ねるかもな」とか言っていた直人と拓己がムチャクチャ仲よさそうにしてるんですよ?
あの時は殺しあいしていたのに今はじゃれあってるんですよ?
すっごい変化です。
むしろ変化しすぎです。

弥生の変化から、やはり支えは孝弘であったということはわかります。
おそらく茂も、「恋は盲目」の言葉どおりでなかったとしたらある程度は理解できていることでしょう。
……理解していても、それをしまいこむことができるほど人間は他人思いではないのですが。
そして茂の決意は……
何を求めているのでしょう?
「孝弘との対決」でしょうかね。
それとも、コクーンの中の「真実」を知るため?
自暴自棄?(汗)
ただ、初めて前向きになったと思いますよ。

……やはり男には、何か共通点があるんですか?
「コクーンに乗る理由」、同時に「戦う理由」を探そうとしているのですか?
なんかガンダムみたい(苦笑)

茂の「乗らなきゃいけない」には、上に書いたように「対決」もあるんでしょうが、
……きっとその裏にはもう一つ、弥生にはいえないような心の奥底の理由がありそうです。
でも「男の意地」なのは間違いないんですね。

弥生の「理由」は……孝弘の、そして茂の。
「感情を理解するため」なのでしょうか。

皆、「戦う理由」というのはさまざまで。
ファーストガンダムではなし崩しでしたけど(笑)
∀ガンダムのロランみたいな理由が基本なのでしょうか。
ポイントなのは「戦う」という行動が、「手段」なのか「目的なのか」というところです。
戦うのが手段で、「その手段によってつかみたいもの」があるのか。
それとも戦うことが目的なのか。

「守る」というのは……母性本能の「守る」とは違って、もう少し意識的に行うものですね。
あえて言うなら犬夜叉とかごめの関係と、かごめと七宝の関係の違い(笑)
どうもまだ分からないのは「守る」ために「コクーンに乗る」のですが、
……コクーンに乗らないことは守られていることではないのか?という。
ひょっとしたら彼らは「皆コクーンに乗らされる」ことを想定していて、
受動的にではなく能動的に「守ろう」と思っているのかもしれません。
犬夜叉の「守る」は、結局攻撃ですよね。
かごめの「守る」は攻撃ではありながらも「抱えて逃げる」っていうか。
これを「自衛」と「専守防衛」という言葉に置き換えることもできますか。

「させられる」と「する」はまったく違います。
古文で言えば前者は「しむ」とか「らる」とかの助動詞ですが、「する」は「す」、もしくは「らる」の自発の意味……
前者は後ろ向きであるけれども「しなければいけない」、後者はむしろ好んで「したい」という違いです。
子供の強さとは、その圧倒的な適応力ですね。
一つの恐ろしい出来事ですら、視点を替え気持ちを切り替えれば
笑って臨めるようになれるんですから。

BGM:B'z「ギリギリChop(Version 51)」
Billy SheehanとPat Torphy(元MR.BIG)バージョンです。
「それでも前に行くしかないんだから」という言葉は、諦めを抱えたようで
実は非常に前向きな言葉です。
間奏の超高速ベース&ドラムに松本さんのレスポールが精密に絡み合います。

第三話が「ホーリーランド」。
……真っ先に「スクライド」の「HOLY」を思い浮かべてしまいます(笑)
そこまで高圧的ではないと思うのですが(苦笑)
ここでの副題「come see the paradise」というのが……
普通に考えると「come to see the paradise」(その楽園を見に来る)とか「come and see the paradise」(その楽園を見に来てください)とか思い浮かぶのですが、
名詞で「see」を考えると違う意味になります。
「The Holy See」で「教皇管区」、「The See of Rome」で「ローマ教皇庁」……
つまり、「教皇の楽園に来なさい」ですか?(滝汗)
そう考えると「ホーリーランド」とはつながるのですが。
私の中ではローマ教皇というと「教皇は太陽、皇帝は月」とかという言葉は浮かぶのですけど(爆)

始まりは遙からですか。
「二年」ですし。
「大切なこと」……「大切なもの」というロードオブメジャーの曲がロングヒットしましたが、
現代人もみな、探し続けているのでしょうか。
生きる意味を。
遙は、きっと「人間の実用的な部分」は持ってるんですよ。
しかし、その人間性の後ろ盾であり「奥行き」でもある「人間の感情的な部分」に関しては
どうも希薄なようです。
そればかりはどうしようもないといえばどうしようもないのですが、
「求める」ことができる遙であれば、いずれつかめるはずです。

コクーンに乗ることで追体験した「痛み」である「唯」がいなくなることを「ひどく淋しかった」と思ったのは、
確かな感情の変化ですね。
だって今までは、「その過去と現在の差により生じる痛み」で苦しんでいたのですから。
これも慣れですか?

「必要とされたことがなかった」というのも……ねぇ。
「痛み」は、つまり「孤独」とつながっていたのですか。
その観点から考えてみると、拓己の孤独は明らかですね。
おそらく学校の校長が変わって方針が変わったのも、両親がいつも留守なのも、
その「孤独を与えるため」だったのでしょう。
唯の孤独も、かなり人為的ですね。
……未だに「孝弘の痛み」だけが分からないのが気になるんですけど。
伊地知さんのセリフの中にも、どうも入っていないようです。

「女の子たちを助ける」って、意外と考えることも少なくなってきていると思いますよ。
この世の中では。
フェミニズムを女性の自立宣言ととらえるのであれば、フェミニストとは
つまり愛情をなくした、女性差別主義者の裏返しの形なのかもしれません。
同時にフェミニストの中には、「女性に優しくすること」による自分への利益をも
目標にしている人がいるような気がしないでもないんですけど(笑)

彼らが体験している不思議な世界って、……結局のところ、「怖い」とかいう絶対的な観念は何一つなくて
感じ方次第でどうにでも感じられるような相対的な世界っぽいですね。

バグス……
Bugですね。
このbugというものは、コンピュータープログラムのエラーという意味もありますし、
単純に「虫」という意味もあります。
バグズライフをご想像されても結構です(笑)

会話から想像しますに、「滅亡後」のある星にいるんですよ。
そして、「バグス」がその大地にはびこっている……
テラフォーミングということは、「元々は人間が住める環境ではない」ということで、
特に天敵もいないためバグスは増殖、「かなりの密度」になっているということですかね。

拓己がやった「孝弘がやったこと」……
これは、七海を助けるためでもあるのですが、
……ひょっとしたら、「唯を助けるため」であるのかもしれません。
「恐怖心」が消え去るというのは、「使命感」のためなんですね。
使命感の元では、恐怖よりも優先されるものがあります。
それの一例が神風特攻隊であり、自爆テロであったりもするのですが。

なんか、白い物体ってライオンみたいですよね。
ただ何でも襲うのではなくて。
猫もそうするかもしれません。
撫でたら何か発展があったりして(笑)

遙はその生い立ちからして、明らかにSIFMAと関係がありますよね。
ただ、どうも全ては明かしていないようです。

遙は、間違いなく拓己を中心とした「仲間」に感化されつつあります。
それは決して悪いことではなくて。
遙が求めたものと一致したんですよ。
伊地知が遙に与えたものは……他の誰とも同じで、
「意識的な孤独」なのでしょう。
そこには何の愛情もなくて。
理論と効率があって……って。

芽ばえた「感情」は、確かに任務の遂行には無意味なものであるでしょうけれども、
人間の宿命でもあります。
疑問もまた同じですね。

……なんか一瞬ファイナさんを思い浮かべたんですが(汗)

……誰かとのかかわりの中で、ふと大切な人、……自分の原点を思い出すこともあります。
このまま時に流されるのも一つの選択肢で、原点を抱きしめるのも一つの選択肢です。
それは、李陵と蘇武の二人が選んだ、二つの道と同じです。

「ホーリーランド」……辞書によると「聖地(パレスチナのこと)」だそうですが(笑)
「あるはずの場所」……ねぇ。
それはきっと、ユダヤ人の歴史の中から生まれた意味なのでしょう。
ネブカドネザル二世のバビロン捕囚に始まり、ナチス=ドイツの民族浄化政策などなど、
とにかくユダヤ人は迫害され続けてきました。
そしてようやく(とはいえ、イギリスの無責任な発言が問題なのですが)手に入れた聖地……。
イスラエルの建国までは、まさに聖地とは「あるはずの場所」だったのでしょう。
今イスラエルはパレスチナ(PLO)を弾圧していますが……
今の「ホーリーランド」=「あるはずの場所」は、パレスチナ人が思っていることなのではないでしょうか。
ちなみに「Holy land」に近い「Sacred field」は、どちらかといえばスポーツに関するところでしょうね。
松本さんのギターソロもありますけど。

弥生にとっての七海とは、「憧れ」でありながら「一番近い」存在なのでしょう。
ないものを持っているから。

弥生の「痛み」は、……一つだとは思っていましたが、
複合要因なのかもしれません。
しかし、誰もが弥生の複合要因を抱えていたのでしょうか?
……孝弘の痛みは、家庭にはなくて学校にあったのでしょうか?

「ホーリーランドがスクール」というのもなんか不思議な話ですね。
でも、それは「孤児院が自分の家」という矢吹丈と同じなのかもしれません。
いや、本質はまったく同じです。

拓己は、弥生のように……七海を受け止められるでしょうか?
「絆」を……創れるのでしょうかね。
もしも弥生のようにできるのであれば……二人を平等に思えるのであれば、
それもまたいいでしょう。
コーランでは重婚も認められています。「平等に愛することができれば」という条件付でしたが。
決して、一対一の関係が全てじゃないのです。
もちろんどちらかに揺れ動くであろうことがあるというのは、B.S.G.のあの(笑)三角関係が証明しておりますが。
それなりに天秤のバランスは保たれます。

B'zの「STARDUST TRAIN」という曲では、愛する人がいる女性と二人で旅をする情景が描かれています。
「終点のない列車ならよかったのに……」と、このままでいたいと本気で思っています。
その思いの強さを証明する一節があります。
「できるならすべてを壊したいよ/二人きりの旅終わらせないで
 君が悲しまなければ/神様に嫌われても譲りたくない」
……これが、七海の本音というところでしょうか。
でも、この思いを、否定するわけにはいかないんですよ。
それは自分に嘘をつくことですから。
もしも納得した上で拓己との恋を諦められるのなら、
それは自分に正直になった選択でしょうが。

これまた何かの月9ドラマみたいですけど(笑)
愛憎劇?が繰り広げられています。
バカらしいくらい単純な動機でありながら、どこまでも感情が絡み合った結果
予想外の方向へ流れてしまうのです。
……リスカしちゃいそうですけど(汗)

不思議なんですが。
どうも、橋本さんは二重に描写してるんですね。
一つの事象を二つの視点から。
伊地知さんと遙の「直人が知ったら〜」の部分とか。
しかも二人とも同じ結論に達してたり。
やはりこれは強調効果ですか?

「不安定」というのは、……ガンダムZなんかがいい例ですかね。
自分の記憶を欲しがってサイコガンダムに乗り込む、フォウ・ムラサメ。
結局その記憶は偽の記憶でしかないのがとっても悲しいのですが。
境遇は、一緒かもしれません。
…遙は、プルツーに近いかもしれませんね。
プルが唯で(謎)

「他社と境界〜」の意味ですが、こういうことなんです。
犬にたとえると分かりやすいんですが。
犬って、縄張りを作りますよね。電柱とか木におしっこかけて(笑)
犬は、その視界では「自分の姿が見えない」から、それを「自らの境界を確認できない」と仮定すればいのです。
もう一匹犬がいます。縄張りを作ります。
縄張りを広げていく過程で、違う縄張りに出会った……
その相手の犬は、自分に吼えかけます。
犬が吼える相手は、決して自分の後にいる何かではなく、
意志をもって「自分」に吼えかけてきたのです。
そのとき、初めて「他者の境界」の存在を知り、同時に「自らの境界」という概念を知るのです。

幼児時代に人が集まる場所で育てられたなら、自然と人間関係が身についていきます。
それは家庭科の教科書にもかかれてますから、大体お分かりでしょう。
ですが、……人が集まる場所で育たなかったとしたら。
他人との接し方が分からないままで、年月を過ごすことになります。
実際のところ、私はそのような環境で育ちました。
一本の坂を越えないと店も何もないのです。
集合住宅なのですが、そこに住んでいる人たちはほとんど子供がいなかったんですね。
そしたらこんなのが育ちました(笑)

っていうか、火星だったんですね、やっぱり。

「ヤマモト・ヨーコ」じゃないですけど、宇宙から見る星座はまた違います。
そりゃそうです。視点から何まで違うんですから。

「初陣」に「戦果」……
やはり、これは戦争なんでしょうかね。生存をかけた。
そして、今までのは演劇にたとえると「練習」ですか。
……北朝鮮の訓練じゃないんですから(笑)

どうも、謎の動きは「全て拓己が握っている」というようですね。
これは暗に拓己が中心であるということを意味しているようなわけですが。
……「暗に」じゃないか(笑)
動かし方なんか……どうも「ヤマモト・ヨーコ」のバブルボードから離れられません(汗)

そしてついにディスプレイの登場です。
「I」は唯(unknown)、「VI」は豊(dead=lost)、「IX」は誰か(不明/lost)……
これが、残機数とでもいいましょうか。

「implanted」……「着床」という意味のほかにも、「移植する」とかの意味もあります。
基本的に「着床」は意訳ですから。もしも直訳でいけば「植え付けられた」「差し込まれた」……ですね。
宇宙人のインプラント現象の「implant」です(笑)

「六百年」というところから、拓己たちが飛ばされるであろう世界は「200年後」というのが推測できます。
これは、「17世紀=1600年台」に「四百年」を足すと、現代の「2000年台」になるからです。
200年……かなり越えましたね。

……いつのまにかこのコクーンは「コクピット」になっているのですか(汗)
イメージとしては、防護服に包まれた拓己たちが飛ばされたという感じになるのでしょうか。
だから直接的な行動ではなくてグリップ……
っていうか「防護服」かもわかりませんね。
そもそも「そこに存在している」のか、「意識上の存在」なのかすらあいまいで……

っていうか、絶対ヨーコですってば(汗)
このアクションの仕方……
思考操作っていうか……ねぇ(滝汗)

そして、第四話。「恐るべき子供たち」で……
「enfants terribles」。
これは連語で、「ませた子供」もしくは「はた迷惑を顧みない無責任な人」だそうです。
ちなみに複合名詞の複数形なので、二語とも「s」がつきます。

BGM:上原あずみ「無色」
やっぱコレでしょう(死)

のっけから七海です。
……七海の性格からして、拓己だけが唯一「弱さを見せられる人」だったのでしょうね。
気兼ねせずに話し掛けられて、誰に対してよりも、素直になれて……
だから惹かれたんですよ。

人の記憶はとてもあいまいで、たとえば一つの出来事をまるで実際に体験したかのように語っていると、
いつのまにか本当に体験したような気持ちになったりします。
だから記憶に頼った捜査によって冤罪が生じたりもするのです。

しかし、アメリカ……(苦笑)
探せって言うんですか(爆)
この世界観は、ある意味では稲葉さんの「Soul Station」に近いモノがあるかもしれません。
確かに恋人はいるのだけれども、「なんてくだらない世界にしてしまったんだろう」という嘆き、
そして「誰の言葉も届かない」というフェイドアウト……

「撃ち殺した」の「殺した」という言葉が……
拓己には痛いのでしょう。
殺した……唯は刺されて。
TAKが「通じた」生き物を、殺す。
それは、共存を拒絶するということで。

もっと言えば「スターウォーズ」ですね。
それこそ、「人類対侵略勢力」……いや、「人類対人類」に限りなく近い「スターウォーズ」というよりは
「インディペンデンス・デイ」を想像されるのがよろしいでしょう。

そして「生まれた」……

「育て直し」という言葉をご存知ですか?
子供のころ愛を受けなかった若者たちが、改めて大人から愛を受けるという……、
聞くだけではとても不思議な世界を。
でも、実際も説明のそのまんまなんですね。
そこの大人に甘えて……というか、構ってもらって。
たとえば膝の上に座って絵本を読んでもらったり、積み木遊びに興じてみたり……。
実際に、あるんですよ。
それはこの現代だから必要とされているものなのですね。
きっと、拓己たちにも必要とされているものでしょう。

いや、関係ないですけど(笑)連想したもので。

「彼のもとに〜」の暗示は……
そのまんまにとらえていいんですかね。
そのまんまとらえると、エンディングとかで二人で出て行くとか、
デートとかになりますけど。

コクーンって、やっぱり遠隔操作システムだったりするんですかね?

っていうか、「昔に戻る」って……
そう考えれば、「その瞬間」拓己が言っていたことを、「昔に戻った」拓己も言っていて、
それがたまたま過去と「現在体験した過去」の一致を示しただけなのかもしれない、ということになりますね。
しかし、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の時代から(いや、「タイムマシン」とかもっと前か)、「タイムパラドックス」という問題にぶちあたるんですね。
それも、「現在体験した過去」の思考の受け皿には「現在」のことは入っていなくて、あの状況であれば「そういうしかなかった」とすれば解決しますけれど。

「一度失敗したら破滅」って……
私の中で真っ先に浮かんだのは「浜崎テンコー」です(死)
「テンテンコ〜、テンテンコ〜」っていうアレ(死)
ちなみに、他には「体育王国」とか(苦笑)

「機械仕掛けの神」ですか。
しかもギリシア。
私は「三大悲劇詩人」くらいしか知りませんでした(死)

「少しだけ遠く」……
どうして一回一回移動しなければいけないのかという疑問もふつふつとわきあがるのですが(汗)
っつーか「箱舟」……
ときたらまずは「ノアの箱舟」を思い浮かべるのですが。
ノアの箱舟は、世界を襲う大洪水から逃れる唯一の手段。
神のお告げに従って、ノアが各種の動物を一つがいだけ中に入れて、
そして生き延びた……というお話です。
「ノアズアーク」という言い方もできますね。

宇宙空間の戦いのようですが。

……あのぉ。
「それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ」じゃないんですか(汗)

ここまで設定が近いと逆に焦ります(汗)

こういう……「思考による操作」って、意識が混乱するとなかなか問題が生じたりするんですよね。

人間も、動物も、結局は生き物です。生き物が持つ本能は……
生存本能であって、闘争本能であって……
その本能の趣くままに、ヒッタイトや海の民は動き回っていたのでしょう。
その本能に、善悪は付けられません。

この状況を分かりやすく整理してみましょう。

まず、コクーンに入ります。
その意識は「箱舟」の中に飛びます。
……ここが、火星での作業と違う点ですね。
そして、箱舟は完全な意識操作で動きます。
ウェポンも搭載されています。
一応レバーもありますが、使いません。

宇宙には「バグス」という敵がウヨウヨいます。
まだ、それの詳しい情報はつかめていません。

バグスが襲ってきました。
そのバグスを「殺す」というものをイメージすれば、
バグスは消滅します。
「殺すイメージをする」ということは、簡単に言えば銃の引き金を引くことです。
「動くイメージをする」ということは、動くことです。
たくさんの腕があって、たくさんの絵文字のボタンがある。
……そんな世界を考えれば、この意味がよくわかります。

「殺す」ということに恐怖していては、生きられません。
それは事実です。
しかし、「殺す」ことは怖いことです。
それもまた、事実です。
だから、食肉処理業者や職業軍人が、その二つの相反する「痛み」を背負ってきたのです。
それを、たまたま拓己たちが背負うことになった。
ただそれだけなのです。

ところで、「箱舟」のイメージですが……
私の中ではサンドクローラーしか思いつきません(汗)

唯が目覚めました。

……どうして、今、唯が目覚めたのでしょうか?

たとえば「御褒美」とか?
……それとも、拓己の痛みをあの場所で唯と共有したから?

BGM:B'z「Raging River」
これまた定番です(笑)

予想通り唯は一番でしたか。
でも「シナリオから外れている」というのは……
ひょっとしたら、バグスの新しい戦いの手段?
愛する人と戦わなければいけないの?
ひょっとしたら、唯の復帰がこのスクールのみんなの関係を壊す?

でも「もしあれが一番でなかったとしたら」……って。
トマホークの時に「一番」の全てを使い果たしたとか?

……でも、終盤になってヒロインが戻ってくるって……
どこかで見たことのある展開のような(苦笑)
だとすれば、本当に「一番でなかった」という可能性が非常に高いのですが……(苦笑)


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