一枚の扉の中から聞こえてきた何気ない会話。
世界は変わっていく。彼女が触れられないような遠いところではなく、
彼女の目の前の、たった一つの小さな病室の中で変わってゆく。
「起きちゃたんだ……」
ぼそりと呟いた。
ほんの少し前までは心から、そして笑顔で喜んでいた。
今ではなぜだか、心から喜べない。……これが、あたしの本当の思い?
あたし、……嫌な女だよね。
時間が流れれば流れるだけ、関係は変わっていってしまった。
ほんの数日前の笑顔にだって戻れない。
「もう、やめなくちゃ…これで終わりよ」
足を一本失ってしまえばテーブルは倒れる。
不幸な偶然は人を奈落の底へ引きずり込む。
ナニカノハズミデ赤から黄色、白から黒へ。
「終わりにしないと……じゃないと戻れなくなる」
違う。
もう、とっくに戻れない。
自分の心の底からの叫びは、本当のことを言うように求めている。
最低の偽善者になるよりは、憎むべき子供になれと求めている。
これ以上嘘をつけようか。
唯と拓己の笑顔。
ほほえましいような二人の空気、影、そして絆。
二人が手に入れる度、一人は失っていく。
夢見がちな少女の宝物は、霞のように消えてなくなってゆくんだ……。
天井を見上げると、切れかかった蛍光灯がチカチカと囁きながら点滅を繰り返していた。
「ずるいよね……唯がこのままだったらいいのにって思ってたなんて」
本当に、あたしは、嫌な女だ。
嫌な女が、あたしなんだ。
偽善者の微笑みは、もうここにはない。偽善者であることにも、疲れてきた。
思うように生きろ、私は牢獄に生かされた生き物なだから……。
果てない欲望は、悪魔のように近寄ってくる。
あたしは何をしたかったの?
拓己の何がほしかったの?
あたしは、拓己にどうしてほしかったの?
「でも、拓己は唯のものなんだよね」
……もの、という言葉は違うのかもしれないけど。
拓己の心の中は、あたしが踏み入れられないほどに深く、暗い。
そのコートの中には、未だ覚めない夢のような唯がいる。
現実を背負っている、あたしにはできない夢だ。
疼く手首を片手で押えると、拓己の横顔が浮かぶ。
横に座った顔、困った顔。それにうれしそうに話し掛ける顔。
確かに拓己は私の世界を変えた。
でも、私が変えられるとは思えない。
真っ黒な心の扉は、唯がノックしないと開かないんだ。
私はそのドアの前で、彼が出てくるのを待ち望んでいる。
部屋には入れてもらっても、心の奥には入れてもらっていない。
まだ、コートで抱きしめてもらったことしかない。
「ねぇ、拓己、せめて……あたしのことだって見ていてよね。
あたしだって、女なんだから」
嫌な女だけど、……弱くて、みんななくした女だけど。
「安息を求める、うら若き乙女なのよ、あたしは!」
七海はのろりと立ち上がると、水が満たされたバケツを震えている手で取った。
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with「AWAKE」
※Original Short Story "*/君●風<七海の思い>/*"
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